婚活以外にも、趣味の活動などいろいろ行動するとチャンスは広がる

婚活

婚活を行ってから結婚した経験から、婚活は思っていたより時間を要するものなのだと感じました。

友人に紹介してもらった人と食事へ行ったり、映画を観たりなど、相手の仕事のスケジュールでなかなか会う機会が得られなかったり、メールでやりとりがメインになってしまった人とは、続けていても進展がほとんどなかったりと、もう少しトントン拍子に進むとイメージしていたので、中途半端な状態が長く続くと不安に感じたり、今後どのように考えれていけばよいのかなど、考える時間が長くなってしまうこともありました。

終身雇用制が当然といった時代が過ぎ、働き方も多様になって、自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうといったケースも少なくないと感じる中で、伴侶を得ることで、自身もステップアップできる機会をつくれたり、家庭を持ち将来に対してモチベーションが上がったり、結婚に対しては前向きに考えていたのですが、それほど焦って結婚する必要もないのではないか、婚活は行っているものの時間をかけて相手を見つけたい、といった考えを持っている方とは、会話をしていても時間の流れも異なるようにいる感じでした。

周囲は既婚の友人も多く、何度か相談もしたのですが、タイミングとか、きっと見つかるなどと言われたりして、具体的なアドバイスが得られない状態で、自分の気持ちが宙ぶらりんのような気がしていたりもしました。

そこで、いったん婚活とは距離を置き、映画やお芝居を観たり、海外旅行へ行ったり、趣味の陶芸の講座へ通ったりする時間を多くとるようにしました。

仕事も、業務に関連する資格を、取得しやすいものから取得するようにして、徐々に難しいものへとスライドさせていきました。

そうこうしているうちに、現在の主人に出会いました。

主人とは婚活サイトのペアーズというサイトで知り合いました。

主人が私のプロフィールを見て、ペアーズ いいねしてくれたのがきっかけです。

いろいろと難しく考えているよりも、自分の興味あることや好きなことに時間を費やすと、自然と日々の生活がイキイキしていると感じていました。

日常をどれだけ有意義に過ごせるか、何でもない1日を素敵にできるかは、自分にかかっており、まずは自分を大切にできることが大事なのではないかと感じました。

婚活は時間をかけて行うと自分では感じたので、婚活一辺倒になるのではなく、いろいろな軸足を持っていると、出会いのチャンスや自分についても新しい発見など、身になることが多いと感じています。

人生で1番好きになった人との恋話

私が今までの人生の中で1番人を好きになったなと思うのは大学1年生の時でした。

大学に入学してすぐに同じ学科同じ学部で同じクラスになった男の子が気になるようになりました。

私は当時、ものすごく奥手で話しかけることもできなかったし、自分をアピールする方法を知りませんでした。

気になり始めたのはいいものの、その後どうやって関係を縮めていったらよいのかわかりませんでした。

しかし、同じクラスだったことで新入生歓迎会やその後の体育祭などクラスで行う行事が多くあり、運よく話す機会にも恵まれました。ケータイの番号やメールアドレスもクラスのみんなで交換したりして、自分から聞かなくても彼の番号を知ることができたのです。

そのころ、私は大学で仲の良かった友達にメールを送ろうとしたときに間違えて気になる彼に全然関係のないメールを送ってしまいました。

今思えばメールをしたいという願望で勝手に手が動いてしまったのでしょうか。

その間違いメールから彼とメールをするようになったのです。
毎日毎日メールのやりとりをして、それはそれは幸せな毎日でした。

アルバイトだっていつもの何倍も楽しかったし、学校へ行くのもドキドキワクワクして、本当に青春の毎日だったと思います。

ただ、私の悪いところは彼と道で会って話しかけてくれても恥ずかしくてうまく話せないし、見かけてもこちらからなかなか声をかけることができなかったり、積極性が本当に足りなかったところです。
彼は体育会系で野球部に入っていて、元気で明るくてだれが見ても好青年でした。

当時の私はいろいろな意味で自分に自信が持てず、自分の気持ちをうまく彼に伝えることができませんでした。

その後彼と映画デートをしたことがありましたが、その1回きりでその後二人ででかけることはありませんでした。

その時も私はそのことだけで諦めてしまい、きちんとした気持ちも伝えないままメールもしなくなり、学校で会っても気まずい関係になってしまいました。

私が振られることを怖がったためにずっと気持ちを言えないまま時間が過ぎてしまったことで、彼にも嫌な思いをさせてしまったなと今でも引きづっていることです。

あの頃の自分に戻ることはできませんが、ほろ苦いあの恋を一生忘れることはないと思います。

人を想う気持ちの大切さを教えてくれた人。

これは私が高校生の時に体験した貴重な恋愛の思い出です。当時高校2年生だった私は、29歳で1人の娘を持つ年上の女性と付き合っていました。26歳の時に離婚、シングルマザーになった女性です。結果として高校卒業目前に別れたのですが、その期間の体験は非常に思い出深く貴重な時間だったと今でも思います。

出会いは私がよく利用していた喫茶店。文学少年とは言いませんが、静かな喫茶店で読書をするのが私の休日の日課でした。彼女はその喫茶店で働いていて、挨拶程度の会話ですが何度か話した事はありました。

親交を深めるきっかけは一冊の推理小説。私がいつものように読んでいると、彼女に方から声をかけてきました。「その小説って面白いよね。展開が読めなくてワクワクする。」と、彼女も読んだ事がある様子でした。こんな些細な会話がもとで、私は彼女に興味を持ちました。

それからも何度か喫茶店に通っていたある日、天気予報が見事に外れ大雨が降って来た日がありました。しばらく止みそうになく傘を持ってなかった私が困っていると「車で送ってあげる」と彼女が言ってくれました。さすがに悪いと思い断ったのですが、遠慮するなと気づけば車に乗せてもらっていました。

送ってもらってる途中「ちょっと寄り道するから数分我慢して」と言ったので大丈夫ですと答えました。すると車は幼稚園へ。彼女は車から降りて数分後に可愛らしい女の子を抱きかかえて戻ってきました。私の顔を見て「ビックリした?私シングルマザーなんだよね」と、笑顔でそう言いました。

これを機にさらに彼女に興味が沸きました。正直その過程に興味があったのも事実です。それからも喫茶店での会話、彼女の仕事が終わる時間と私の帰宅する時間が合えば送ってもらうとゆう事が何度かありました。彼女の終わる時間を狙っていたのもありますが。今思えば軽いストーカーなのかな?とも思います。

ある日の喫茶店からの帰りに、私は勇気を持って告白してみました。興味が愛情に変わっていたからです。当然10歳以上離れた高校生の私との交際に彼女は戸惑っていました。もちろん子供の事もあります。それら全部含め真剣な交際をとゆう私の気持ちに、最終的には折れてくれた形での了承。

それから何度かデートし、子供も一緒に遊ぶようになりました。しかし就職活動が本格的に忙しくなってきた高校3年の夏頃から、すれ違いや喧嘩などが増えてきました。

そこで私は言ってはいけない言葉を口にしてしまったのです。
「就活が忙しい。だって3人で生活できるだけの給料をいきなりもらえる会社なんてそうそう無い。普通の就活生とは違うの!」捉え方によれば子供の事を思っていると聞こえますが、当時は確かに子供が重荷に感じていたのも少なからず事実。そんな感情の言葉はただトゲがある暴言に過ぎませんでした。

「あなたは子供に対する思いも普段の行動も、私に合わせて無理に大人ぶっていた。無理をさせてゴメン。これからの大事な時期に私達は重荷になるだけだから終わりにしよう。」そう告げられました。引き留めましたが彼女の意思は固く、なにより私といる事が逆に彼女を辛くさせてしまうと思い別れを決意しました。

それ以降あの喫茶店には立ち寄れませんでした。彼女のその後も分かりません。
現在私は結婚し子供も生まれました。あの時彼女が言った子供へ対する私の思いが浅はかだった事、今なら分かる気がします。

高校生の時に経験した甘くて淡い恋の思い出

高校生の時にとてもとても大好きになった先輩がいました。別の学校の一年上の先輩だったのですが、いつも同じ時間に同じ電車に乗っていたのです。最初会った時は「かっこいい~」だったのですが、日に日に「超大好き~」になっていったのです。

 先輩のいる電車に乗れるのがとても嬉しく、学校に行くのがどんどん楽しくなっていきました。しかも帰りの時間も同じだったので、朝と夕方と二回会うことが出来たのです。通学のほんのひと時の間でしたが、とても幸せな時間でした。

 先輩は友達と同じ高校だったので、何となく少しずつ挨拶程度の話しが出来るようになり、バレンタインにはチョコをあげたり、誕生日にはプレゼントをあげたりするようになりました。バレンタインのチョコは友達と手作りで、お互いに好きな先輩にあげることになりました。とてもワクワクしながら作ったのは今でも忘れられません。

 一度告白をしたことがあるのですが、「好きな人がいるから」と断られてしまいました。それでも今までどおり優しく接してくれて、先輩が卒業するまでの二年間は友達のように接してくれたのです。先輩に彼女が出来ても、先輩は相変わらず優しくしてくれました。

 先輩が三年生になった秋頃だったと思います。先輩から「俺の友達でいい奴がいるんだけど付き合ってみない?」と言われたことがありました。その友達は先輩と一緒にいつも電車に乗っていて、顔も知っている友達でした。その友達は私に興味があったようで、先輩が中を取り持つように頼まれたようです。

「やっぱり先輩は私のことが迷惑なのかな?」と思い、「そろそろ先輩を諦める時期なのかな」とも思い、その友達と付き合うことにしたのです。

 その友達は、色んな所に連れていってくれたり、色んな話しをして楽しませてくれました。とてもいい人だと思いましたが、その人を好きになれるかは自信がありませんでした。

そんなある日の事です。彼が急にキスをするような仕草をしたので、思わず顔を背けてしまったのです。「やっぱりこの人を好きになれないし、こんな想いで付き合っていてもこの人に悪いだけ」と思い、別れを言い、付き合いをやめることになったのです。せめて卒業までのもう少しの間でいいから、友達の状態のままでいいから先輩に優しくして貰いたい、そう強く願った甘くて淡い恋でした。

結婚式でのピアノ演奏の思い出です。

自分自身はまだ独身なのですが、親友の結婚式に参加した時のエピソードを書かせて頂きたいと思います。

友人T氏とのエピソード

ながらく一緒に暮らしていた彼女とやっとけじめをつけて入籍することに。結婚式を上げるので色々お手伝いをして欲しいと 頼まれる。奥さんになる方とも仲が良いので、自分で良ければお手伝いしますと引き受ける。

頼まれたのは結婚式披露宴での余興。しかも ピアノ演奏が希望との事。いくら習っているとは言え自分のレベル
は下手の横好き程度。人前でお聴かせするような 腕前ではない。「そればかりは無理」と固辞するも、どうしても
やって欲しいと押し切られてしまう。

リクエストは坂本龍一氏の曲。楽譜を入手して譜読みしてみたが、今の自分ではとても難しくて演奏できるような曲ではない。自分に弾ける曲で披露宴にふさわしい曲を見繕うからとこちらお願いして了承してもらえた。

さてここからが大変だ。毎日仕事を終えてから数時間のピアノの練習。かつてここまで真剣に向き合ったことはない。今考えると本当によく頑張ったと思う。

そんなこんなで披露宴当日。会場にはピアノがないので、自分のシンセサイザーを持ち込んでの演奏。

出番が近づくにつれて緊張ばかりが高まっていく。不安と緊張が高まるなかついに出番が来た。席に着いた後、まぶしいくらいにスポットライトを当てられる。新郎新婦とご親族の方々に祝辞を述べ、簡単な曲紹介。なんとか気持ちを落ち着かせて演奏開始。

最初は調子良く弾けていた。しかし緊張からか途中で指が絡まり頭が真っ白になる。手も指も止まってしまいもうパニック状態。ちらりと新郎新婦の顔を遠目に見て、ここで恥をかかせるわけにはいかないと必死のリカバリー。なんとか演奏を再開することが出来た。

一通り演奏を終え、挨拶をして退席。後から演奏中の写真を見たら、ライトのせいか緊張のせいか額が汗でびっしょりだった。何事も経験といえばそれまでかもしれないが、大変な思いをした結婚式だった。

不倫で得るものは後悔と罪悪感だけ

旦那さんと可愛い一人息子に恵まれた普通の主婦ですが、不倫の経験があります。

それも一人の男性ではなく何人も。

今となって良く言えばいい経験。悪く言えば罪悪感と後悔。自分の価値を下げたと感じています。

きっかけは子供を出産してまだ保育園に入園させせていない時期に始めた水商売です。独身時代も水商売を本業と掛け持ちでしていたので、何も抵抗はありませんでした。

ただ独身時代とは違い、毎日育児と家事に追われ、旦那さんとも恋人って間隔ではなく「家族」なので独身時代の様なトキメキはありませんでした。

でも夜働きに出れば、私が主婦だって男性は知らないので「女」として見てくれました。

イケメンがいても「これは仕事だから、一線を越えてはいけない」と決めていましたが、旦那さんと喧嘩した時やストレスが溜まりすぎていた時に、すごくタイプの人に出会い、相手も私を気に入ってくれました。連絡先を交換し、お店にも何回か来てくれてプライベートで会う回数も増えていきました。

もちろんアプローチされていて、私も気になっていました。ただでさえ押しに弱い私。アプローチをOKして付き合うことになりました。

でも私が既婚者だという事は知りません。昼間は仕事をしている。と色々嘘をついていました。

夜、仕事が終わると彼の家に会いに行き、明日仕事だから。と数時間で帰る生活。昼間は家に子供といるけど、彼の前では仕事をしている事になっているから、適当にメール返信をしていました。

たまに電話もしましたが電話口で子供の声がするので甥っ子がいると嘘。泊まりに来てと言われた時は本当に困りました。うまく交わして断ってきたけど、だんだん嘘をつくのも疲れてきたし、結婚願望が高い相手だったので結婚したいと言われる様になりました。友達にも紹介したいと。正直、寂しさを埋める、トキメキを味わっているのが楽しかっただけなので結婚を求められても、友人に紹介されて旦那さんにバレても困ります。

だんだん相手に対して気持ちが重くなり、別れる事にしました。

数か月後に、相手からいきなり着信があり、出てみる事にしました。内容は「会いたい」だったけどよくよく話していると私をセフレ扱いしている感じでした。

もちろん会いませんでしたがSNSで彼を発見!なんと3人の子連れの女性と結婚してました。

別れてからあまりにも早い結婚だったのでなんだかショックでしたがしっかり別れて正解だと思ったのと、今振り返ってみるとこれだけ誰かに愛情を注げれるのなら、育児に疲れていても子供に愛情を注いだ方がよっぽどよかったと後悔しています。

わたしの初恋の人と偶然再会、そして恋愛に発展

わたしは中学2年生の時に、凄く好きな人ができました。その当時は告白する勇気も持てず、ただただ遠くから見ていただけの初恋でした。

その人は一つ上の先輩で卒業式の時に、やっとの思いで告白をし、ボタンをもらったのです。それがその先輩とのいい思い出で、私の中では完結した初恋でした。そして高校生を過ぎ専門学校に入って20歳の正月。

地元の商店街で同級生と飲み会をした帰り、偶然私たちと反対側の道路に先輩がいるのを発見。凄く胸がドキドキしました。

私は友人たちと5人くらいでいたし、先輩も5人くらいでいたので、声をかけるのどうしようかなと思いましたが、仲間が後押しをしてくれて声をかけに行ったのです。

はじめは「あの…覚えてないかもしれませんが、先輩が卒業するときにボタンをもらった、○○です」と言いました。すると先輩は「ごめんね、名前は覚えてないけれど、ボタンをあげたことは覚えてる」と言ってくれたのです。凄くうれしかったなあ。そしてその場では携帯の番号を交換して別れました。翌日、私は思い切って先輩に電話をかけました。

先輩は夕方なら時間が取れるから、会う約束をして電話を切りました。そして待ち合わせをして、ご飯を食べに行ったのです。

先輩はその時東京の大学に通っているといっていました。お正月だから帰省していて、偶然あの場所にいたということ。だから私が先輩にあえたのは奇跡だったのだと思います。

それから私たちはお酒も飲んでいい気分になり、そのままホテルにいってしまいました。先輩は私が中学に時に抱いていた印象通り、優しくて頭もよくて、それでいて面白くて、凄く頼りになる人でした。

体の関係から始まった私たちでしたが、それから遠距離恋愛が始まったのです。もしかすると遠距離恋愛と思っていたのは私だけで、先輩には彼女がいたかもしれません。

でもいいのです。私はそれから先輩が就職をするまで2年間、夢のような期間を過ごすことができたのですから。就職をしたら、正月などに帰省ができなくなり、自然と距離があいてしまって、消滅をしてしまったのですが、私にとっては今もいい思い出です。

恋愛は自分の気持ちに素直にならないといけない

私は共学の高校に通っていました。その高校の男女の比率は7対3で男子が多かったので、8クラスあってそのうちの1クラスが男子クラスでした。

私は1年生の時に運悪くその男子クラスになってしまいました。女子と仲良くしたいなと思っていたのですごくガッカリしました。しかし休み時間に友人と廊下でおしゃべりしていると、隣のクラスの女子とよく顔を合わせるのですぐ仲良くなれました。それで休憩中に廊下で隣のクラスの女子とおしゃべりする機会が増えて毎日の学校生活がすごく楽しくなってきました。

するとだんだん隣のクラスの女子のうちのひとりを友人から異性として意識するようになっていきました。意識するようになってからは廊下でおしゃべりする時も緊張するようになっていました。またその女の子が他の男の子と話していると焼きもちを焼くようにもなっていました。しかし告白して気まずくなって今の関係を壊したくなかったので、とりあえず様子を見る事にしていました。

それで放課後に私が忘れ物をして教室に戻ったら、その女の子と違うクラスの男の子が2人きりでいてキスをしていました。私はとりあえず見なかった事にしましたが私の中ではかなりショックでした。しばらくこの事が頭から消えませんでした。その女の子とも少し距離を置くようにしました。そんな時に私は別の女の子に告白されました。私はその女の子とは初対面でしたが、忘れるにはちょうどいい機会だと思って付き合う事にしました。

最初は楽しくおしゃべりをしていましたが、実際はその女の子の事は好きではないのでだんだん面倒になってきて冷たい態度を取ってしまいました。その態度で女の子にも好きではない事を察知されてすぐ別れる事になってしまいました。私は気持ちを隠すのはあまり上手ではないので、これからは好きではない女の子とは付き合わないようにしました。

また強がって本当の気持ちを隠すと好きな人を失ってしまうという事もこの時に思い知らされました。

運命の人、運命の赤い糸、は、本当にあるのです。

私は子どもの頃から、恋愛モノの漫画やドラマや映画が大好きで、ずっと恋愛をしたくて過ごしてきました。

しかし、中学生になっても高校生になっても大学生になっても恋人ができたことは一度もありませんでした。

恋愛をしたい気持ちは誰にも負けませんでしたが、告白するほど好きな人もできず、告白されることもなく過ごしてきたのです。

長い間恋愛をせずに過ごしてきたため、もう恋愛をすることは諦めていました。

しかし、諦めながら社会人になったところ、就職先で見事に出会いがあったのです。
私はその人のことを心から、運命の人だと感じています。

付き合う前から、付き合っている様子よりも結婚することの方が想像できるタイプの人で、実際に付き合い始めてすぐに結婚のことを話すようになりました。

どうやら彼の方も、結婚を意識していたようです。
運命の出会いというものは誰にでもあるものなのだと感じました。

誰にでも運命の人はいて、出会うかで会わないかは運次第なのではないかと思うのです。

もちろん、運命の人とでなくても幸せにはなれますが、運命の人とは確実に幸せになれるのです。
また更に、運命の赤い糸というものも実際にあるのだと思いました。

私は大学受験も進学も就職も失敗しており、ずっと考えていた進路とはまったく違う方向へ進んでの就職だったのです。

大学は絶対行かないと思っていた大学へ進み、就職先もギリギリまで他のところを受けた結果、今のところへの就職が決まったのです。

本来は選んでいなかったはずの道を大学受験の時から選んできており、今思えば、彼との運命の赤い糸に引っ張られて今の職場にいると思うのです。

就職先は正社員という形ではなく、もっとほかが良かった…と思ってしまうこともありますが、もしも他の就職先に就職していたら…と思うと、とても怖くなります。

人生、失敗したと思うことがあっても、もしかしたらそれは、運命の赤い糸に引っ張られて進むことになった道かもしれませんよ。

初恋が与えた重く深いルサンチマン

中学生の頃、初恋をしました。同級生の女の子です。その後、彼女も私のことを好きだとわかり、初めて、「両思い」を経験しました。

とはいえ、その頃の私は、今では考えられないくらい純情で、彼女の半径1メートルに入ると顔が赤くなるほどでした。当然、中学生の間は、なんとかデートもしましたが、それはそれは緊張でガチガチでした。手をつなぐこともほとんどなく、キスなんてとんでもなく、それでも、いつか彼女と結婚するのだろうと思っていました。

中学を卒業して、高校は別々になりました。それでも、なんとか彼女とつながっていたいと思っていました。たとえば、土曜日や日曜日に会えないか、いろんなことを考えていました。

ところが、彼女から、「週末は、教会の日曜学校に行く」と言われ、日曜日は空いていないと言われてしまいました。それも理解したいと思いつつ、どのようにしたらいいのかわからず、彼女に手紙を出しました。

しばらくして、彼女から手紙が来ました。そこには、こんなことが書かれていました。

「中学を卒業して間もなく、教会を通じて知り合った10歳年上の男性から付き合ってほしいと言われた。しかし、自分には彼氏がいるので、考えさせてほしいと言っていたら、一緒に教会で出かけていたら、交通事故に遭い、お互い軽いけがをした。そこから、いろんなことを考えて、一緒に生きていこうと決め、婚約することにした。」と。

それは、強い衝撃で、その晩は、一睡もできませんでした。人生には、取り返しがつかないこともあるんだということも学びました。

自分は、一生独身なのかもしれないとも思いました(実は、そんなことはなかったですが。)。それから、とにかく女性と付き合うときは、たくさんコミュニケーションをとるべきなんだろうと思ったことを覚えています。それから、こんなこともあるから、一瞬一瞬を面白おかしく生きることも大事なんだろうと、どこかで吹っ切れたことも覚えています。

一番、強くそのとき思ったことは、たくさん勉強して、いい男になって、いつか出会ったときに、ものすごく後悔させてやるということでした。

今も、心のどこかでその気持ちを忘れていません。後悔させられるレベルに至ったかどうかは怪しいですが。今も、10歳年上のカップルやキリスト教つながりと聞くと、強く反応して、当時のことをクリアに思い出します。

今から考えても、人生で大きな影響を与えたのは、初恋だったのかもしれません。